榎ビジネスサポート

事業承継

事業承継コンサルティング
顧問Kの承継心得帖

とある会社がM&Aとなった本当の理由

事業承継コンサルをはじめて間もない頃、ちょうど今のような暑い盛りに顧問先の社長から見せられた1通のメールに、私は凍りついていました。それは後継者である社長長男からのメールでした。

「身内で争っているような会社には絶対に戻りたくない」

売上規模が100億円を超える地場優良企業で、社長は2代目、ご両親はすでに他界されており、兄弟姉妹家族で経営にあたっていました。株式は先代からの事業承継時に分散させてしまっており、社長家族では約40%の議決権でした。

セミナーに参加して頂いたことがきっかけでコンサルティングすることとなった先で、「数年内に東京の同業他社に修行にだしている息子への承継を考えているので、相談したい」ということでした。その後詳しく現状について伺い、対策のご提案等をさせて頂き、後は実行していくだけという状態でしたが、そんな時期に社長の姉から株式を買い取ってほしいという申し出があったのです。ちょうど分散株式を集約しようとしていた為、当初は渡りに船という状況に思えたのですが・・・。

買取価格で折り合いが付きませんでした。出資時と同額のいわゆる額面金額ではなく、相続税評価額という高額な価格での買い取りを打診していましたが、姉は首を縦には振りませんでした。その強気の態度に私は疑念を抱いていましたが、交渉を重ねる中で、姉が株式を同業他社に対して10億円以上での売却を図っていることが判明しました。普通は少数株式を同業他社が買い取ったところで、その同業他社にとっては経営権を取得できなければメリットがないわけで、そんな姉の計画は実現するはずがないのですが、なんと他の兄弟姉妹を巻き込んで過半数の議決権を売却できるよう動いていたのです。

ただ、そうなると今度は姉が強硬的にM&Aしてしまえるのにもかかわらずそうしない点が不思議に思えました。過半数の議決権を握っているのであれば社長を追い出すことも簡単なはずです。社長に経緯を確認すると

「姉は数年前まで会社の経理や総務部門を担当する役員であったが、株式投資等の失敗で個人のお金だけでなく、会社のお金も一部つぎ込んでいる状態だった為、役員を解任し、姉自身の退職金で会社の損害分を補填させた」

とのことでした。また身内のことでもあり表沙汰にはしなかったとのことで、穏便に済ませたようです。そういう過去もあり、姉としても強硬手段には訴えなかったのでしょう。社長としても「後継者に会社を引き継がせたい」「後継者の生活の為に少しでも良い条件を」という一心で、半年ほど時間を掛けて粘り強く交渉していましたが、最終的にM&Aすることになってしまいました。その最大の要因が冒頭のメールです。

「身内で争っているような会社には絶対に戻りたくない」

この後継者からの1通のメールを見せられたとき、私は自分の無力さを痛感し人の心の難しさを噛みしめることになりました。社長も唯一の交渉の目的がなくなったことで見るからにやる気を失っておられました。

現在この会社は看板は旧名のままですが、中身は別物となっています。働いている従業員たちには良かった事、・・・だったのでしょうか。色々な統計で、後継者不在によるM&Aが増加している旨をみかけますが、この企業のようなケースも中にはあるのではないでしょうか。創業者が子供可愛さから平等に自社株を分散させたことが、M&Aになってしまった主要因ですが、姉が会社を出ていったときに株式を買い取らなかったことも要因の一つと言えるでしょう。

オーナーは税金のことが関連してはじめて物事をお考えになるケースが多いように思います。決算書の数字や税金のことだけでなく、年1回の株主総会のときでも結構ですので、株主構成や株主の生活状況等を確認することも、会社を守る上で重要なことではないでしょうか。