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顧問Kの承継心得帖

[事例] 帳簿閲覧権行使と買取要求

「 Kさん!妹が株式買取を依頼してきました 」
「 よかったですねA社長。ちょうど持株会を作ったところですし、1株5万円(いわゆる額面)で持株会が買い取るようにしましょう 」
「 それが・・・、額面買い取りを拒否していまして。そのうえ、弁護士を通じて帳簿閲覧請求をしてきているのですが、どういうことなんでしょう?」
「おそらく買取交渉に利用するんでしょう。概算で株価を算出するのでは? 」
「 無視しちゃだめでしょうか?あまり決算書類を出したくないのですが・・・ 」
「 無理でしょう。妹さんの議決権は10%。3%以上保有していれば帳簿閲覧請求ができるというのは、会社法で決まっていることですし、弁護士を通している以上本気でしょうから真面目に対応するしかないでしょうね。とりあえず最小限の資料をだして様子を見ましょう。 」

某社の概要

売上規模は50億円前後ですが、毎年安定した利益を計上している地場優良企業です。

創業してから50年程経過しており、創業者である先代社長は20年前に死去、現在はその長男であるA氏が社長をつとめます。A氏は相続後、一家で力を合わせて会社を経営し、現在の確固たる収益基盤を築き上げました。株式の相続は長男のA氏が160株、長女で妹のB氏が20株、次女のC氏が20株という内訳で行っていたので、議決権80%をおさえるA氏は安定した経営ができたということも会社発展の大きな要因でしょう。

B氏とC氏は共に会社に興味はなく、経営にはタッチしていませんでしたが、B氏の夫は同社社員で、C氏の一人息子は同社で工場責任者をしていました。現社長であるA氏の長男は専務をつとめており、A氏もそろそろ事業承継を考えるかというところで、私は持株会設立のコンサルティングをさせて頂いていました。文頭の会話はそんな時期のA社長と私の会話です。

突然の帳簿閲覧権行使

B氏もC氏も本人は会社経営にはタッチしていませんでしたが、相続税法上の株価計算においては「同族」と判定される為、高額な株価がつく恐れがある立場でした。10%という議決権は、本格的に会社支配は出来ない議決権で、また同社は配当をしていないということもあり、B氏C氏にとっては保有の旨味がない株式であったといえます。

C氏は一人息子が同社で働いており、C氏が株式を持株会に譲渡することは、(持株会は配当をする予定ということもあり)持株会会員となる一人息子のメリットになることから、特に抵抗なく売買契約が締結できました。一方でB氏は、社員であった夫が定年退職しており、持株会での配当を享受できない為、額面での株式譲渡はうまみが少なく、また真に同社に関係ない立場になっていることからも、会社への高額買取請求に抵抗が少なかったものと思われます。

もめてしまえば対処法は少なく、もめない仕組みを事前に作るのが事業承継対策の基本ですが、この場合は会社経営に興味のない妹二人に株式を相続させてしまった先代の落ち度と言えます。しかし完全にそれが間違いだったかというと、そうとも言い切れません。A社長が80%を支配できており、会社支配には今まで特に問題なかったからです。高額な株価がつくような優良非上場企業の場合、全株式を後継者が一人で引き継ぐことは大きな負担との思いから、ある程度支配できる株数だけ引継ぎ、残りは兄妹に分散させるというケースは大変多いと思います。この場合、たとえ少数株主で且つ兄妹という間柄であっても、また会社に関係ない人間であればなおのこと、ある程度配当を継続的に行う等、株主に気を配る必要がありました。

最終的な決着は

後日、弁護士を通じて伝えられたB氏の希望は

  • 1株あたり10百万円 = 1株あたり簿価純資産額
  • 買い取りは会社で、金庫株として買い取る

といったものでした。10%の議決権であれば大勢に影響はなく、仮に法的な手順をとってこられたとしても買い取る義務は会社になく、無視するという手段もありました。額面の200倍という金額で、総額にして200百万円にもなる為、いろいろと交渉の手段・手法を検討していましたが、決着は次期社長であるA氏長男のD専務のひと言で決まりました。「お金のことで叔母さんともめたくない」幸いなことに会社の業績は順調で手元キャッシュが潤沢にあったこと、交渉が長期化する間に取引先等に噂が広まる恐れ、万が一価格部分で裁判になれば供託金としていったん現金を裁判所に納めなくてはならないこと、などの理由もあり、D専務意向を反映して同社が金庫株として買い取ることになりました。

一度もめてしまえば、相続税よりも遥かに高いコストを支払う恐れがあり、もめない状況にすることがとても大切です。ただトラブルが一度おこってしまえば、できるだけ速やかに解決することが重要でしょう。今回のように、相手の要求を丸呑みすることは少し譲歩しすぎではとも思いますが、本業への影響というものを敏感に感じ取った経営陣の「経営判断」ということもあり、結果として最善だったのではないかと思っています。

本当に得をしたのは誰なのか

ところで、今回高値で株式を売却できたB氏ですが、本当に多額の金銭を得られたのかは疑問です。こう言うと何をおかしなことをと思われるかも知れませんが、非上場企業で、発行会社が自社株式を買い取り金庫株にする場合、個人の売主には分離課税の譲渡税ではなく、総合課税のみなし配当課税が課せられます。住民税と合わせれば、今回の売却額の約半分は税金で国に納税することになります。その上、弁護士が絡んでおり、手取額ではなく売買契約額の200百万円の何割かを成功報酬としていることでしょう。そうすると、残った金額は兄妹と仲違いしてまで得る価値のある数字だったのでしょうか。